特別講座

[ 正しい蜂の刺され方 ]

正しい蜂の刺され方

0.HP版の前書き
樹液に集まるチャイロスズメバチに向かい
前肢を振り上げて威嚇するオオスズメバチ

チャイロ&オオスズメバチ  特別講座 「正しい蜂の刺され方」は、2004年の総会で行われた 話題提供の演題の一つで、このページはその際に配布されたレジメを再構成したものです。

 いささか不真面目な演題に思えますが、「どうすれば刺されるか」を知ることで、「どうすれば刺されないか」 を知る という内容です。

 途中、「いきなり参考資料」というのが、たびたび出てきますが、本題から少し外れた内容なので、その部分は流してお読みください。



1.はじめに

 一般の人はともかく、野外で昆虫を追いかけるムシ屋は、蜂に刺されることも多いのではないかと思います。

 しかし、実は思いのほか刺さないものでもあります。思い出してみてください。アシナガバチ、スズメバチ以外の蜂に刺されたことがありますか?そもそも人 を刺すほどの針を持たない蜂も多いのです。
あなたの健康を損なうおそれがあります。
スズメバチを手に乗せるのはやめましょう
手乗りキイロスズメバチ女王  針を持つ蜂の中でも、巣を守る社会性の蜂 以外は、指でつまんだり、衣服に巻き込んだり、上に座ったりしない限りめったに刺さないものなのです。つままな ければ、手の上を歩かせても...お勧めはしませんが。

 しかし危険な蜂がいるのも確かです。
「樹液でオオムラサキを採るときは、まずスズメバチを全部やっつけてから蝶が飛んでくるのを待つ」という話も聞いたことがあります。実はちょっと危ないん ですが。

 今回は、正しく刺されてしまうと命に関わる事もあるスズメバチを中心に「正しく刺される」方法をお話したいと思います。逆に言えば、こうしなければ、あ まりハチを刺激しない ということになります。



2.刺す蜂・刺さない蜂

 18上科に分類されるハチのうち、刺すのは3上科(カリバチ・ハナバチ)だけ。
 さらに、オスは刺しません。というのも、針は産卵管由来の器官なのです。

ハバチ 刺さない 基本的にヒトを刺さない
寄生蜂 刺さない
(例外あり)
基本的にヒトを刺さない
例外的に、夜間採集時に「アメバチ 類に刺された」という話はある
カリバチ 刺す
毒あり
産卵管が麻酔、攻撃用の針に変化
産卵孔から産卵する
 →  針は産卵管の役目を果たさない。
スズメバチ・アシナガバチの毒は特殊(対哺乳類用)
ハナバチ 刺す
毒あり
自衛のための毒針
カリバチとは毒の成分が違う

―――――★ いきなり参考資料 − ハチの分類  ★―――――

 ハチは形態や、食性により、大きく4つのグループに分けられています。
 さらに、社会性の有無で分けることもできます。

ハチ目
(膜翅目)
広腰亜目
ハバチ
6上科
幼虫が植物を食べる
ハバチ: 幼虫が植物の葉を食べる
キバチ: 幼虫が植物の材を食べる
細腰亜目 寄生蜂下目
(有錐類)
寄生蜂
10上科
幼虫が他の昆虫に寄生する
卵に寄生: タマゴバチ(蝶・カメムシなど) ヤセバチ(ゴキブリ)
幼虫に寄生: ヒメバチ・コバチ(鱗翅類)
ツチバチ(コガネムシ)
カギバラバチ(葉に産卵、鱗翅幼虫が食べ、蜂が狩り、蜂に寄生)
有剣下目
(有剣類)
3上科
セイボウ上科
スズメバチ上科
カリバチ
幼虫が他の昆虫に寄生する巣を持ち、幼虫が食べる昆虫を親が狩ってくる
寄生   : セイボウ(ハチ目)
社会性なし: アナバチ(直翅目)
ベッコウバチ(クモ)
社会性あり: アシナガバチ・スズメバチ
ハナバチ上科
ハナバチ
巣を持ち、幼虫が食べる蜜や花粉を親が集める
社会性なし: ハキリバチ・コハナバチ
社会性あり: ミツバチ・マルハナバチ

―――――★ いきなり参考資料 − ハチの進化  ★―――――

  ◆ハバチ

 最初の蜂は、2億年以上前、針葉樹などの植物を食べていました。花を付ける被子植物が生まれる前のことです。

 現在でもそうですが、このグループの蜂は、産卵管が純粋に卵を産むための器官なので、植物の繊維を切り裂くのに便利な鋸歯(きょし)状になっています。

 植物はあまり逃げないので、比較的動きが鈍いものが多いです。



  ◆寄生蜂

 葉を食べているうちに、たまたま近くにいる他の昆虫を食べて、「こっちのほうがうまい」ということに気づいたものが、寄生蜂になったのでしょうか?1億 年前位前の話です。

 最初は寄主の体の外に「外部寄生」していたものが、後に免疫を回避する技を身に付け、寄主を殺さないように「内部寄生」するものも現われます。

 現在では、内部寄生したハエに、さらに内部寄生するハチも知られています。

 ある本には「すべての昆虫に寄生蜂がいる」「ハチに寄生するハチがいる」と書かれていて、そうなるとすべての昆虫の中でハチが一番多くなりそうな気がし ますが、そういうわけでもないようです。



  ◆カリバチ

 寄主の中に隠れても、その寄主が葉の上にいたのでは、一緒に鳥に食われてしまいます。それが理由かどうかはわかりませんが、巣を作り、そこでエサを摂れ ば生存の可能性は高まります。
 カリバチとハナバチは4000万年前に現れます。

 カリバチのキーワードは「営巣」です。さらに、「麻酔」「社会性」「社会寄生」と続きます。

 最も原始的なカリバチといわれるハナダカバチは

 1.地面に掘った穴にエサを持ち込み、産卵
 2.穴を埋める
 3.エサが無くなった頃に穴を掘り返し、次のエサを運び込む

 という面倒なことをします(随時給餌)。話を聞いていると、あまり原始的とは思えませんが、「巣の場所を覚えている」という所がポイントです。

  ・ハナダカバチ(双翅) :「麻酔できない(随時給餌)」「地中に営巣」「単独」

 これが徐々に進化していくと、

  ・ベッコウバチ類(クモ):「麻酔」「地中に営巣」「単独」
  ・アナバチ類(直翅)  :「麻酔」「地中・竹筒」「単独」

 獲物を「麻酔」するので必要なエサを運び込んだ後産卵しておしまいです。 種によって、自然の穴を巣穴に利用するものもいます。

  ・ドロバチ類(鱗翅幼虫):「麻酔」「泥で巣を作る」「単独」

 泥をこねて、好きな場所に自分で巣を作るようになります。

  ・アシナガバチ(多様) :「肉団子」「パルプ」「社会性」

 ここで大きな飛躍が起こります。
 一応定説はありますが「社会性の獲得」は、それだけで1冊の本になるくらいなので、詳しくは避けます。「栄養交換説」「血縁選択理論」「共同的多雌性仮 説」「ギャンブル仮説」などなど、実に面白そうなリクツが付いてきます。

 しかし、基本的に産卵するメス(女王)は1頭だけなので、「たくさんの体を持った1頭のハチ」と捉えることも出来ます。

  ・スズメバチ(多様)  :「肉団子」「パルプ」「社会性」「社会寄生」

 多くのスズメバチはアシナガバチと同様ですが、一部に「社会寄生」する種が現われます。つまり、巣の乗っ取りです。「社会寄生」するハチは3種知られて います。

 これもすごく面白い話ですが、今回は省略。



  ◆ハナバチ

 被子植物が花を咲かせるようになってから生まれました。
 ハナバチとカリバチ、どちらが進化しているのでしょう?
 蜜と花粉。炭水化物とたんぱく質。カリバチとは別の豊富な栄養源に進化したハチです。
 「ツリフネソウとマルハナバチ」のように特定の花と蜂の組み合わせも生まれました。

  ・社会性なし:コハナバチなど
    地面に穴を掘ったり、自然の穴を利用して巣にします。

  ・社会性なし:ハキリバチ
    穴の中に丸く切った葉をコップ状に敷き詰め、花粉と蜜を入れ産卵し、葉で蓋をして俵型に密封し、穴を埋めます。

  ・社会性あり?:クマバチ
    木に穴を掘って巣にします。
    働き蜂がいるわけではありませんが、羽化したメス蜂がしばらく独立しないで親の巣で働くことが知られています。

  ・社会性あり:マルハナバチ
    カースト制があります。
    地中に造巣しますが、あまり大きな集団にはなりません
    花粉媒介昆虫として、イチゴのハウス栽培用に売られています。

  ・社会性あり:ミツバチ
    巣別れと分蜂群、スズメバチとの戦闘(ウイルスに感染した蜂が良く戦う)、王台とローヤルゼリー、新女王の新女王殺し、働かない働き蜂、空中で交 尾した後ショック死するオス蜂など、1冊の本にまとまりきれないほど面白い話がありますが、あっさり省略。

3.刺されると危険な蜂

 毒を持っているのは、カリバチ類とハナバチ類。 大きく分けると、「ハナバチ」と「カリバチ」で毒が違います。

 アレルギーを持っているヒトには、いずれかの蜂が危険かもしれません。
 蜂によって抗原が違うので、「どの蜂毒のアレルギーか」により危険な蜂が違います。
 「スズメバチに何度刺されても腫れるだけ。でもミツバチに刺されるとジンマシンが出る」という人もいます。

 アレルギーも、個人差、体調により強度が違い、「痒み」「ジンマシン」「めまい」「心悸高進」「昏睡」「ショック〜死亡」など、現れる症状が変わりま す。

 アレルギーが現れるのは、抗体ができた2回以降です。
 1回刺されたことがあり、「アレルギーが怖い!」場合はハチ毒のパッチテストをしてみるといいでしょう。

 特に攻撃性の強いスズメバチによる死者数は年間50人ほど。季節は7月〜10月に集中します。

4.「刺す蜂」の「危険の度合い」による分類

安全

単独 集団 集団が大きい
個体が大きい
凶暴 危険

刺す蜂一般
 ハナバチ
 カリバチ
社会性カリバチ
 アシナガバチ
 
社会性カリバチ
 スズメバチ
オオスズメバチ

5.アシナガバチ・スズメバチの「警戒範囲」

  いかに凶暴なスズメバチといえども、めったやたらに攻撃するわけではありません。
 「刺す」というのは防衛行動なのです。

   ・何かに驚いた時
   ・巣 に近づくものがあるとき
   ・餌場に近づくものがあるとき(オオスズメバチ)

アシナガバチ 巣−1m
スズメバチ 巣−−−−4m
オオスズメバチ 巣−−−−−−−−−−10m
オオスズメバチ 餌場−−2m   ※距離は目安です

  しかし、巣や餌場に近づくときは注意が必要です。すでに興奮している蜂がいないとも限りません。

6.どうすれば蜂に刺されるか...本題です

 ◆「刺す蜂一般」の場合

   ・ 指でつまむ
   ・ 衣服の中に巻き込む
   ・ 上に座る

 ◆「アシナガバチ」「スズメバチ」の場合

   ・ 巣を刺激する(振動を与える)
   ・ 「警戒範囲」の内側で素早く動く

 ◆「オオスズメバチ」の場合

   ・ 巣を刺激する(振動を与える)
   ・ 「警戒範囲」の内側で素早く動く
     +
   ・ ゆっくりと巣に近づく(2m)
   ・ 餌場の近く(「警戒範囲」)で素早く動く

7.スズメバチ:「警告」から「攻撃」へ

  「警戒範囲」の内側で観察していると、じっとしていても、「警告」されることがあります。

   1. 大顎で「カチカチッ」という音をたてる
   2. 目標に顔を向けたまま、左右に円弧を描いて飛ぶ(視差により対象までの距離を正確に測る)

  「警告」を無視すると「攻撃」に移ります。

   1. 腹を「つ」の字型に前に突き出して、毒針で体当たり!
   2. 目標にしがみつく
   3. 目標に大顎で噛み付く
   4. 噛み付いたまま毒針で刺しまくる

  「攻撃」を受けたくない場合は、ゆっくりと後退して「警戒範囲」から脱出しましょう。
  巣の近くで、うかつに手で払ったりすると、「警報フェロモン」を発して、総攻撃を受けるかもしれません。

8.警報フェロモン

 スズメバチから「攻撃」を受けた時、アミで掬ってしまう方法もありますが、巣の近くなど、仲間が近くにいる時は警報フェロモン(毒液スプレー)を発して いる場合があるので、注意が必要です。

 警報フェロモンを受けた個体は、「警告」せずに「攻撃」してくるので、掬った場合、一旦後退して様子を見ましょう。

 樹液で蝶を採集する時、「先にスズメバチを潰してしまう」という方も、潰すことにより警報フェロモンが拡散する恐れがあるので注意が必要です。目標の木 から離れたところで潰しましょう。足の裏にも気をつけて。

9.興奮したスズメバチをより興奮させる要因

  ・動く黒いもの
    頭髪、眉毛、瞳、カメラなどに毒針を前に向けて突っ込んできます。

  ・素早い横の動き
    昆虫は動くものしか認識できません。特に素早い横の動きに敏感に反応します。

  ・整髪量などに含まれる成分
    ハチは匂いに敏感です。香水や整髪量に含まれる揮発性の成分や、塗りたてのペンキに含まれる揮発剤に刺激されます。

10.危険な時期

 巣が大きくなり、新女王の育成が始まる頃から、巣を守る蜂は敏感になります。
7月半ばから10月頃がもっとも危険な時期です。

11.スズメバチに刺されたら

 ・巣や餌場からまっすぐ10m以上離れる(横の動きは危険)
 ・爪ではじき落とす(手で払うと、手にしがみつき、刺される)―――1頭の場合
 ・物で払い落とす―――複数頭の場合
 ・踏み潰し、移動する
 ・医者に行って、痛い注射を打ってもらう
  腫れや、刺された跡の肉が溶けてえぐれるのを予防できます

―――――★ いきなり参考資料 − スズメバチの種類  ★―――――

 日本には、大型のVespa(スズメバチの仲間)が7種、小型のVespula(クロスズメバチの仲間)が5種、高山にいる中型の Dolicovespula(ホウナガスズメバチの仲間)が4種知られています。

ベスパ  Vespa スズメバチの仲間
オオスズメバチ
最も攻撃性が高い。餌場にもテリトリーを張る。地中に営巣。晩秋に他のスズメバチやミツバチの巣も襲う。スズメバチの中では世 界最 大種。毒針7mm。餌はコガネムシやカマキリなど動きの鈍い大型昆虫や大型のクモなど
V.mandarinia
17-45mm
キイロスズメバチ
家の軒下などに大きな巣を作る。最も数が増える。巣房1万、ワーカー1000、新女王1000、オス1000。何でも狩る。樹 液 にはほとんど来ない
V.simillima
17-28mm
コガタスズメバチ
低木の枝に造巣。直径25cmほど。色々狩るがハチ・ハエの成虫など、飛翔昆虫を多く狩る
V.analis
21-29mm
モンスズメバチ
樹洞などの閉鎖空間に造巣。色々狩るが特にセミを好む。餌がセミ中心のため、セミの少ないところにはいない
V.crabro
21-30mm
ヒメスズメバチ
最も攻撃性が低い。体は大きいが、巣の規模は小さい。樹洞などの閉鎖空間に造巣。直径20cmほど。ワーカー30前後。アシナ ガバ チの巣を専門に襲うが、幼虫、蛹だけを狩り、成虫を襲わない。幼虫の体液を吸ったヒメスズメバチが襲われた巣のアシナガバチ成虫と栄養交換することも
V.ducalis
24-37mm
チャイロスズメバチ
モン、キイロの初期巣を乗っ取る。その後自前の働き蜂を生産。山梨、長野、新潟以外では産地は局限され少ない
V.dybowskii
17-30mm
ツマグロスズメバチ
日本では宮古島以南の八重山諸島に産する
V.affinis
20-28mm
ベスピュラ  Vespula クロスズメバチの仲間
クロスズメバチ
主に地中に造巣ヂバチ、ヘボとも呼ばれ、幼虫を食用にする
V.flaviceps
10-15mm
シダクロスズメバチ 主に地中に造巣
クロスズメバチよりも山地に多い
V.shidai
10-19mm
キオビクロスズメバチ
主に地中に造巣
山岳地帯に産し、比較的少ない
V.vulgaris
10-18mm
ツヤクロスズメバチ 主に地中に造巣
500-2000mの山地に生息
V.schrenckii
12-16mm
ヤドリスズメバチ
ツヤクロスズメバチの巣を乗っ取る
自前の働き蜂を持たない
V.austriaca
11-18mm
ドリコベスピュラ Dolicovespula ホウナガスズメバチの仲間
キオビホウナガスズメバチ
500-1000m以上の山地に生息
女王と働き蜂の模様がまったく違う
D.media
14-22mm
ニッポンホウナガスズメバチ
北海道の平地から1000mまでの低山地に普通
D.saxonica
11-18mm
シロオビホウナガスズメバチ
山岳地帯に生息
D.norvegicoides
11-18mm
ヤドリホウナガスズメバチ
シロオビホウナガスズメバチの巣を乗っ取る
自前の働き蜂を持たない
D.adulterina
14-18mm

草間岳彦