埼玉県の蝶”ミドリシジミ”

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ミドリシジミについて

ミドリシジミとは

 鱗翅目アゲハチョウ上科シジミチョウ科ミドリシジミ亜科ミドリシジミ族に属する チョウで、学名をNeozephyrus japonicus(Murray 1845)といいます。

 属名は、「新しいゼフィルス」で、由来は次の通りです。 その昔、カラスシジミ族などを含む、現在ミドリシジミ亜科として分類される 大多数のチョウがTheclaで一括されていたましたが、それらが族や属に 細分化される過程の一時期、今のミドリシジミ族の多くがZephyrus属と されました。古代ギリシァの西風を擬人化した神ゼピュロスをラテン語化した名前です。 爽やかな西風も優しい初夏に成虫が出現するチョウたちに相応しい名として長く 親しまれてきました。その後、Sibatani等(1942)がこの属をさらに細分化して新属を 創設する際に、Zephyrusに「新しい」を意味するNeoを冠したり、ゼピュロスに相当する ローマの神Favoniusの名をもってきたりして、慣れ親しまれた名を残したのです。 現在でも愛好家がミドリシジミ族のチョウたちを"ゼフィルス"と呼ぶのはそんな背景が あるからです。

 一方、種名の方は、年季の入った愛好家には 「taxilaだったのでは?」と思う方がいるかも知れません。 しかし十数年ほど前に日本産のゼフィルスの命名記載が詳細に調べられた中で、 Bremerが1861年に記載したTechla taxilaの模式標本は実はジョウザン ミドリシジミであったことが判明し、taxilaは本種の種名には使えないことに なりました。結論を言えば、Murrayが記載したDipsas japonicaが本種である こということになり、今日現在、ミドリシジミの種名はjaponicusということ になっています。その意味はラテン語で「Japonia(日本)の」という形容詞ですので、 学名の規則によって語尾は属名の性に一致させられて男性形となりました。

 本種はユーラシア極東に分布し、わが国では本土4島を 中心に生息しています。九州では山地に限られた棲息地があるだけですが、 北海道から本州では低地から山地まで広く生息しています。北海道に産する ものは小型で裏面の地色が淡く本州以南の原名亜種とは一瞥して区別できる ため亜種reginaとされています。幼虫の主な食樹は低地ではハンノキ、 高地ではミヤマハンノキです。したがって、ハンノキの幼木が点在する湿原や 湿性草原には多数の個体が生息しますが、人為的環境である水田や水路沿い、 里山の水辺の林縁に生えるハンノキにもしばしば発生し、人類の長い営農生活と 共存してきた種という側面もあります。しかしながら、都市部ではそのような 環境が少なくなり近年徐々に姿を消しつつある種でもあります。

 埼玉県の平野部ではかつては何処にでも棲んでいたようですが、 都市化が進むにつれそのような棲息地が失われましたが、現在でも代表的な 産地として、さいたま市荒川河川敷などが残っています。一方、ミヤマハンノキなど に依存する高地の個体群は、生息密度こそ低地よりずっと少ない比較的稀な種 とはいえ、まだまだ安泰のようです。また、本県のミドリシジミは、原名亜種分布域 のほぼ中央に生息する集団であること、昆虫図鑑などに取りあげられ図示される ことが多いこと、他地域産に較べ大型の個体群であるという見解もあること、 を特筆しておきたいと思います。

 成虫は年1回、低地では6月、高地では7月を中心に 発生します。成虫は、日中は不活発で樹木の葉上に静止したり、花で吸蜜したり、 時に樹液や湿地などで吸汁しています。晴れた日だと、♂は夕刻になると緑の翅を 輝かせて活発に飛び回り、なわばりをつくって他の♂と争ったり、何匹もの個体が もつれ飛ぶのが日没後まで見られます。曇った日にはもう少し早い午後3時頃から 活動を始めます。そんな活動によって♂♀が出会い次の世代が育まれます。卵は ハンノキの樹幹や小枝に卵塊で、時に1個〜数個産まれ、そのまま夏、秋、冬を 過ごし翌年の食樹の芽吹きとともに孵化します。孵化後すぐに幼虫は開きかけた 食樹の芽に穿入して中から摂食しますが、その後、新葉を綴った巣を作るように なります。約1ヶ月半の幼虫期間を経て蛹になり半月ほどで羽化します。

 本種 黒の 縁取りがある金属光沢に輝く深い緑色の翅をもっているのに対し、 ♀は黒褐色の地色がベースです。よく知られているように♀には4つの型があり、 無紋のもの( O型)、青紫紋をもつもの( B型)、橙色紋をもつもの( A型)、青紫紋と橙色紋を ともにもつもの( AB型)で、それぞれの 型と典型的なO型との中間的特徴をもった個体も見られます。これら4型は地域や 気候条件により出現比率が異なります。本県では全ての型が出現しますが、 荒川河川敷で見られるほとんどの個体はO型とB型で、橙色紋の出る個体は極めて 少ないようです。当談話会会員の松井夫妻は長年にわたりこの多型現象の研究を しており、報文発表も数多いことを記してこの項の結びとします。
(中村英夫)